赤い旗



 働く者にとって、それほど良い時代になったわけでもないのに、労働運動はすっかり下火だ。何があっても声もあげられず、内に籠もってしまって自死や鬱病に至ってしまう人が少なくない。雇用環境は大幅な非正規化が進み、賃金は世界でも希な低所得化が継続中と聞く。それでもけなげに努力を重ねる。

 しかしこれはどう考えても個人の責任でも選択した事でもない。諦めることを学校生活で学習させられてきた市民の行き着いたところだ。逆から見れば、そうさせてきた側の勝利だ。そしてたどり着いたのは小市民の同調圧力。突出する違和感をなんであれ嫌う心情だった。こんな現実が無念で仕方がない。あまりにも自分たちの持つ力への信頼がない。つまり周りへの期待がない。

 NETFLIXで観られるドキュメンタリー映画「アメリカン・ファクトリー」。崩壊してゆくアメリカ(ラストベルト)の自動車関連工場を中国企業が買い取って再開した話だ。失業中だったアメリカ人労働者たちは、新規の雇用に大喜びする。中国式に馴染もうともする。しかし働く者の要求や権利に応える気はなく、中国流労働をどんどん課す。低賃金も含め、嫌なら止めろという対応に、労働組合の結成に動く。そこからは、組合結成賛成派と反対派(会社側)との従業員説得合戦。

 結局、多くの労働者は失業を恐れ、会社の雇った弁護士などの説明に懐柔されてゆく。そもそもアメリカは労働組合の強力なところで、自動車関連労組などは特に大きな組織だった。にもかかわらず、その伝統のある国で工場労働者が「組合は要らない!」と多数決する。そして組合設立を訴えた者たちは離職してゆく。

 争いを好まず、不安や心のひだのようなことばかり語っていると、自分たちの未来はしぼんでしまう。明日のために戦わねばならないことが、いくらでもあるのだと思う。何ごとによらず、なりゆきに任せていると、当事者以外はどんどん忘却してしまう。当初は熱く語られた問題点も、時と共に「人の噂も七十五日」と化す。

 そうならないためには行動を起こすことだ。世の中の何もかもに関与することなど誰にもできないのだから、自分が関わる世界に、何か一つでも変化を作り出すことだ。

 あらゆることに口を出し、あらゆることを忘却してしまう人など、何一つ革新する力にはなれない。自分で決めて、それだけは止めない。時間がかかっても、その事に関心を向け続ける。そういう人が居るジャンルは風化したりしない。 (2021/4/5)


※本連載は1994年に自費出版したひとこま漫画誌『in my own way』に、今、新たに思うことを書き加えて連載するものです

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