【コモンボ(エジプト・ナイル川流域)】(仕事場D・A・N通信vol.11)

 漫画家三人でエジプト旅行に出かけた。前年、観光客のツアーがハトシェプスト葬祭殿で、イスラム原理主義過激派のテロリストに銃撃された。日本人10人を含む観光客62人が死亡したニュースの後のこと。エジプトの観光産業は大打撃を受けていた。狙ったわけではないが人気薄で、20人足らずの快適な団体旅行だった。

 カイロからアブシンベル神殿に飛んでアスワンに。そしてバスでルクソールからナイル川流域の遺跡巡りである。いくつか訪問して快調に次のコモンボ遺跡に向けて走っていた。

 その車中、同行のSが補助椅子をあげたり、シートの下をのぞき込んだりとゴソゴソしている。聞くとカメラのレンズキャップを落としてしまったらしい。なくしたのはツアー客の中年女性。なくても写真が撮れないわけではないし、バスの中に落ちてるんだから、後からゆっくり自分で探せばいいじゃないかと思った。熱心に探してあげている友人を親切なことだと思っていた。

 バスはコモンボ遺跡に着いて、結局見つからず、「一汗かいたわ!」と呟いていた彼が、何だかムカムカすると言い始めた。おそらく昼食直後に、狭いところに潜り込んだりして胃を圧迫したからだろう。「吐けば治るよ!」と話しながら駐車場から遺跡に移動中、 グループを抜けてトイレに走っていった。五分ほどして追いついてきたので、「吐いたか? すっきりしたか?」と尋ねた。

 すると、「トイレがめちゃくちゃ汚かったから、止めた」と言った。 「なに? 吐くのを止めるほど汚いトイレって、どんなトイレだ!」と、しばらく仲間で大笑いした。こういう親切なきれい好きと、私は全く重なるところがない。よく50年近くも友人付き合いしているものだ。

士郎さん.com

家族心理臨床家で漫画家でもある団士郎さんに関する情報をまとめたオフィシャルページ。本ページは、本人の了承を得てアソブロック株式会社が運営しています。

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