WALKMAN SONY



 あの道具を初めて手にしたとき、本当にそれまでと世界が変わった。にもかかわらず私が音楽に耽溺することはなかった。道具はその後も進化を続け、私は余り詳しくないが、カセットからCD、MD、i-pod、そして配信聴き放題の時代へ移っていった。

 そんな中で、自分が音楽的人間ではないことに気付いていった。音楽、楽器に熱中できる人達を羨ましく思いながら、これも自分ははまらないのかと少し落胆があった。

 この仲間はずれ感は、体質的にアルコールを受け付けないことで、お酒文化の世界から遠ざけられてしまっている感覚と近かった。更に車の運転をしないことで、運転技能の問題ではなく、多数派となったモータリゼーション世界からも外れてしまった。

 好きな音楽がないわけではない。知っている流行歌も人並みにはある。だが、それらを熱くは語れない。何かのひょうしに、そんな音源との接触が断たれたとしても、あまり気にならないだろう。

 自分はいったい何になら浸れて、この世界にいるのだろうと時々思う。そして、せめてもと思って映画と読書を確保している気がする。本格的に映画を語りたいとは思っていないし、読書は娯楽以上には発展しない、させない。長く続いているものを、我が人生の楽しみだと考えて、この歳まできたが、漫画を描く頻度だってそう多いわけではない。

 そう考えてみると一番溢れているのはお喋りだ。私は自分が喋ることに浸っているのだろうか。でもコロナ禍の中、数日間一人で過ごすことになってもぜんぜん苦ではなかった。そう考えると、何に淫しなくても楽しく過ごせることに浸って、気分を良くしているのかもしれない。(2021/4/12)



※本連載は1994年に自費出版したひとこま漫画誌『in my own way』に、今、新たに思うことを書き加えて連載するものです

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