【カフェ・テラスの雀】(仕事場D・A・N通信vol.39)

 妻が亡くなって一年になる。あっという間のような気ばかりで、実感はあまりないのが正直なところだ。なぜそうなのか、本当のところは分からない。配偶者の死を受け入れることは大きなストレスだと聞いていたが、そんなこともなかった。亡くなることは、存在や記憶が消えることではない。新たな一日が生まれることは、もうなくなったなぁと思うだけだ。

 日常に写真を撮ることはあまりないが、旅先ではよく撮る。夫婦で旅することも多かったから必然的に相方の写真が多くなる。亡くなった後、妻のスマホを覗いてみたら、私の写真がたくさん残っていた。

 歳のせいでだんだん忘れていくだろうから一周忌をきっかけにしばらく、典子の写真についての記憶を書いてみる。

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 ヘルシンキ港は街の真ん中の入り江だ。路面電車の窓から左手の大聖堂を見ていたら、正面が港だった。海に向かって左手に、今夜ストックホルムに向けて出発するヴァイキング・ラインのフェリー乗り場がある。ならば散策は右、こちらにもフェリー乗り場があるが、そこから先、公園をずっと歩いて突端あたりを目指す。などと言いながらすぐ疲れてしまって、気ままな二人旅の散策はすぐティー・タイムになる。

 オープンテラスのテーブルでお茶とケーキを注文してしばらく待つと、注文品と共に雀が飛んできた。そして食べかけた皿に飛び乗ってくる。ビックリして払いのけるとバタバタしながら押されている。野鳥を手で追い払った事なんて初めてだ。そして、ちっとも他所に飛んでいかないで、また皿にのっかってこようとする。

 ヒッチコック映画「鳥」の友好版みたいな感じだ。典子は笑いながら手でよけて、「残しておいてあげるから!」などと言いながらマイペースだ。そして言うほどは残さずに綺麗に食べて、皿をちょっと向こうに押しやった。すると鳥たちが一斉に皿に乗り込んできた。全く人を恐れていない。いろんな状況の産物だと思うが、こんな雀は初めて見た。

士郎さん.com

家族心理臨床家で漫画家でもある団士郎さんに関する情報をまとめたオフィシャルページ。本ページは、本人の了承を得てアソブロック株式会社が運営しています。

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