【ホ】本陣殺人事件(私的埋蔵文化財)

 横溝正史ブームは1970年代半ば、角川文庫のシリーズとして、「犬神家の一族」「八つ墓村」などをプッシュしたところからだった。映画「本陣殺人事件」は高林陽一監督によってATG(アートシアターギルド)配給で、大ブームになる前年に公開された。この作品の金田一耕助役は中尾彬が演じている。石坂浩二の金田一耕助が市川崑監督作品で登場するのは翌年だ。

 当時の私は、それなりに読書するようになっていたが、横溝正史なんて聞いたことがなかった。角川春樹が文庫ブームに仕立て上げたこの作家は、昔、たくさん書いていた人で、新しくスポットライトを当てられた作品のほとんどが昭和20年代に発表された作品だった。

 何で読んだのだったか忘れたが、角川で文庫展開するために遺族の許諾を得るため、編集者は横溝家を訪問した。ところが、そこに本人が出てきたという。昔の作家だからもう死んでいるだろうと思って出かけた方もなかなかの豪傑である。調べろよ!

 実際、アートシアター公開のこのパンフ巻頭には、横溝正史自身が文章を載せている。そこでは、自作の多くは東映で映画化され、金田一耕助役は片岡千恵蔵が扮したと書いている。日本映画黄金時代、プログラムピクチュアとして横溝作品は花開き、消えていったということだろう。

 片岡千恵蔵と言えば多羅尾伴内。何のことやらわからない人が大半だろうが、七つの顔を持つ男、悪を退治する名探偵である。ますますわからないだろうから、ここまで。

 当時、映画は娯楽のトップだった。父も母も祖母も、それぞれの娯楽として映画館に足をはこんだ。デートで行くとか、家族みんなで映画鑑賞などではなく、観たいものをそれぞれが都合のつくときに映画館に足を運んだ。

 母や祖母は三益愛子の母物や「君の名は」みたいな映画を。父は洋画専門で西部劇やフランス映画。子どもは文部省特選の団体鑑賞作品や、ディズニー漫画(アニメとは言わなかった)の新作を公開の度に出かけた。

 「本陣殺人事件」の監督・高林陽一は京都の人で「すばらしい蒸気機関車」が公開され話題になった。私はそれを、大林宣彦監督の自主製作映画とセットで、同志社大学学生会館ホールで上映されたのを見た。


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