【同じことを何度も】(仕事場D・A・N通信vol.21)

「優しい旦那さんやねーって、言うてはったよ」と妻が語っている。

 言われて嬉しいのは当然だが、そんな風に私に話している妻が嬉しそうだった。だから何度でもそう言ってもらえるように行動しようと思っていた。

 妻が末期がんと診断され、抗がん剤の点滴に三週間に一度、大津日赤に通った。11時前に外来に行って診察を受け、午後からの点滴準備をしてもらう。その間も疲れると診察室のベッドを借りて横になる。私は廊下で待っている。

 通院点滴者用のブースに移動して、準備が整うのは午後1時ごろになる。「終了は4時半頃です」と聞きながら、しばらく小声で他愛ない雑談をする。頃合いを見計らって、「ランチして、そのあと図書館で本でも借りてくるよ」と病院を出る。

 そして終了予定時刻よりは早めに病院に戻ってくる。すると退屈していた妻が先のようなことを話す。悪い気はしないから、「まぁ今の状況だけ見れば、そう思ってくれる人もあるかもね」と返す。

 夫婦なら当たり前のことだが、そうではない過去の日々もあったのだ。しかし今、意識してそのようにあろうと思うのは、入れ替わりの看護師さん達が、「優しい旦那さんやね」と彼女に声をかけてくれることがとても嬉しいからだ。そう言われるのを妻が喜んでいる。そしてそれを私に知らせるのも嬉しそうだ。

 三週間に一度の通院で、2020年5月のゴールデンウイーク明けから。結果的には四回しか点滴を受けることは出来なかったのに、二度そういうことがあった。

 どの夫婦にも長い年月の間に、何度も繰り返したやりとりがきっとあるだろう。私が妻に言われるのが好きなことがあって、そう言ってもらいたくて同じことを繰り返したりすることがあった。

 親密な関係というのは、二人にしか通じない他愛もない慣用句のキャッチボールのような幸せがあるのだと思う。そういう記憶が長くどこかにとどまって、忘れられない思い出になる。

士郎さん.com

家族心理臨床家で漫画家でもある団士郎さんに関する情報をまとめたオフィシャルページ。本ページは、本人の了承を得てアソブロック株式会社が運営しています。

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