【SO LONG, MY SON】(仕事場D・A・N通信vol.29)

 英語のタイトルは「SO LONG, MY SON」だが、邦題は「在りし日の歌」。なんかピンとこないので残念な気がする。

 しかし、作品は感想を簡単に整理できないくらいに良かった。私がそう感じる背景には、大学院在職時代、中国人留学生達が取り上げ、語った「一人っ子政策」の影のことが深く影響している。

 制度が人の作った仕組みである限り、為政者の想像力にはいつも限界がある。時が過ぎて、なぜあんなことをしたのか? 当時の国民は疑問に思わなかったのか? などと、振り返って語ったり、責めたりするのは難しいことではない。我々は、そんなことを山ほど積み上げていく生き物として人間をしている。

 直近でみれば、我が国のコロナ対策を一年前と比較して、何をやっているんだ!と批判するのと同じだ。人は間違う。例外なく誰も彼も。たまたまその時、過ちを犯さなかった者が、間違った者を責める。これを交代にやっているだけだ。

 時の権力者が為したことを、市民が抱えて生きる。それが嫌なら、自分が権力を持って、正しいと思うようにすれば良いのだが、実は今の権力者もそう思って権力の座に着いていたりする。

 システムを考えるなら、「誰がやっても過つ」と知るのが正しい。だから、その過ちをどのように抱えてながらえるかが人生だといえる。

 ベルリン映画祭で主演男優賞と主演女優賞をダブル受賞したこの映画は、そんな中国を三十年余、夫婦として生きた人たちの話だ。

 二人目の妊娠を、政策違反として激しく責められ、中絶を強いられる。そしてその後、一人息子の死と遭遇する。それぞれの子を大切に思って生きてきた近隣との暮らしが崩れ去る。そこに住み続けることは苦しく、二人は遠い場所に移り住む。養子を迎え、新たな生活を目指すが、思い通りにはいかない。

 「失独者」という言葉がある。一人っ子政策に従って、その子を失った親のことである。制度的に発生した事態だが、社会が一部の市民に抱えさせた深い悲しみだ。それでも人は生きる、「SO LONG, MY SON」とつぶやきながら。

士郎さん.com

家族心理臨床家で漫画家でもある団士郎さんに関する情報をまとめたオフィシャルページ。本ページは、本人の了承を得てアソブロック株式会社が運営しています。

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