【ツ】追想(私的埋蔵文化財)

 このような文章を書き連ねる目的の一つが備忘録である。とにかく忘れる。一人暮らしになって、他者との対話時間の絶対量が減る。何を話すというのではないが、何やかや話が弾んで連想ゲームのように話題が拡散する機会が減る。すると重要ではないことがどんどん忘却の坂を滑り落ち始めるようだ。固有名詞が多いが、それに関連する事項を構成する説明用の言葉の数々も出てこなくなる。ほら、あれあれ、などと言っていられるのは、外付けハードディスクのような親密他者が側にいる場合だ。それがなくなると、忘れたこと自体を忘れてしまうから必然的に消える。そんなことが精神的にも身体的にも良いわけがない。だからせっせと記憶にある言葉、単語をおさらいするように書いておくというわけだ。

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 「追想」、辞書には“昔のことを思いしのぶこと”とある。普段の会話で使うことはまずない単語だ。第二次世界大戦のノルマンディ上陸作戦間近なフランスの田舎。静かに暮らしていた医師がナチスの掃討作戦で妻子を虐殺される。それを目撃した夫であり父である医師の復讐劇。

 監督のロベール・アンリコは「冒険者たち」を作った人でもある。アラン・ドロン、リノ・ヴァンチュラ、ジョアンナ・シムカスの男女三人の不思議な友情冒険譚。当時、マニアックに話題になり、私もたいそう気に入った。

 だが映画を所有したいなんて欲望は、まだ実現する方法がほぼない時代だった。映画雑誌のコラムで、8ミリフィルムで販売(高額だ!)されているものがあることを知って、それを求めてヨーロッパのシネマショップ(日本にはなかったが、外国にはコレクター向けの店があった)をあちこちのぞいた。

 ロンドンの店では短縮版8ミリの『アラビアのロレンス』(突然、砂漠を超えて「アカバ!」と叫びながらラクダが疾走するシーンから始まる30分ほどのもの)を購入。ついでに5分足らずの『十戒』(海が割れるところだけ)も。ローマのシネマショップでイタリア語版の『冒険者たち』をやっと見つけて購入した。欲しかった割には、イタリア語(フランス映画)に吹き替えられた8ミリフィルムは、一度見ただけだった。

 時が過ぎて、旧作を見るのはビデオ、DVD、ブルーレイ、配信サービスと、当時は考えられないほど安価で手軽に快適に進歩していった。そしていつでも観られると思うから、かえって観なくなった。

 「追想」を初めて見た時の衝撃と興奮から40年以上。BS放映されたものを再見した感想は、驚くほど冷めたものだった。そして人間は戦争を何度繰り返して、反省しても止められないのだと思っていた。そんな中で今また、ウクライナで紛争が起きている。非道なことが行われ、国際社会はそれを非難する声であふれている。

 だが私は、三人の医師親子のサイクリング写真のように、大事件が起きてしまう前の状態を継続、持続する知恵に関心がある。何かが起きてしまって興奮して侃々諤々やることにはあまり関心がない。

士郎さん.com

家族心理臨床家で漫画家でもある団士郎さんに関する情報をまとめたオフィシャルページ。本ページは、本人の了承を得てアソブロック株式会社が運営しています。

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