【後楽園ホール】(仕事場D・A・N通信vol.19)

 カシアス内藤というボクサーがいた。沢木耕太郎著「一瞬の夏」の主人公。東洋バンタム級タイトルマッチに再挑戦して敗れたハーフのボクサーだ。

 紆余曲折はあったのだが、彼が癌を克服して再起するにあたりボクシングジムをやりたいと言ったそうだ。長い付き合いのあった沢木さんと、写真集「fight」の写真家は応援することにした。

 そして沢木さんは自分にゆかりのある人々に、良ければ応援の一翼を担ってやってくれないかと手紙を出した。いささかの縁があってそれを受け取った時、「よしっ」と思った。

 三人の子育てをする専業主婦の妻との貧しい地方公務員だった自分が、思い切って10万円カンパすることにした。そんな出費の仕方は人生初めてのことだった。

 横浜にオープンしたジムから、是非のぞきにお越しくださいと礼状が届いた。最初は機会があればと思ったりもしたがすぐ、そんなことはいいと思うようになって、やがて忘れた。

 それから十年、あの時の夢、「もしこのジムからタイトルマッチを戦うような選手が育ったら、その時には、応援して下さった方達を招待します」が実現しましたと知らせる手紙が沢木さんから届いた。同伴される方があれば、チケットの手配もしますとあった。驚きと共に、東京在住の長男を誘って後楽園ホールでの日本S.フェザー級王座決定戦に出かけた。

 その日の勝者、新チャンピオンはカシアス内藤の息子の内藤律樹だった。父親は試合後のリング上で、ジム設立の経過を語り、応援してくださった皆様に感謝しますと深々と頭を下げた。

 お金の使い方とは、こういうことだと思った。これ以来、自分の消費行動に変化があって今に至る。金はいくら稼ぐかではなく、何に使うかにその人が現れる。お札は投票用紙だと言った人がある。誰の何に投ずるかに説明も理屈も要らない。事実がすべてだ。

士郎さん.com

家族心理臨床家で漫画家でもある団士郎さんに関する情報をまとめたオフィシャルページ。本ページは、本人の了承を得てアソブロック株式会社が運営しています。

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