【自信より結果】(仕事場D・A・N通信vol.24)

 いつの頃からか流行のように口にされてきた子どもの自己信頼感とか自尊感情なんて言葉に疑念を覚えていた。一方で、長く仕事を続けてきておいて、「専門家でも何でもないので……」と謙遜のつもりなのか、分からないことを口走る人にも違和感があった。だから人はどのように自信を持つようになるのかに関心があった。

 若者はそれにどのように近づこうとするのだろうかと考えてみた。当然のことだが経験未熟な時代に、自信の根拠などあるはずがない。しばしば登場するのが専門技術や資格の取得である。懸命に勉強をして合格し、経験豊富な先輩達の仲間に入れて貰う。

 末席を汚す身ではあっても、世間からみれば専門職集団の一員である。何ものかになったような気がして、少し自信も生まれる。本当はまだ何も始まっていないのだから不安いっぱいだが、同時に専門職としてのプライドもあったりするのかもしれない。私はそういう風にはなりたくないなぁと思っていた。

 そんな事を考えるようになったのは、仕事を始めて十年以上経ってからだった。「心」などという曖昧なものを扱う世界で仕事を始めた。実態がないのだから言葉を駆使して説明するしかない。そこそこやっかいな仕事なので、怪しげなモノも含め理論や方法が次々と現れた。狭い心理業界に、三十も四十もの資格が創出された。そしてどれが一番ハイレベルかなどと競っていた。

 だがそんなことに関心が向いている限り、来談者の訴えに本気で向き合えるはずはなかった。一例をあげるなら、子どもの不登校は説明ばかりが溢れ、年月と共に百万人とも言われるひきこもり群を蓄積した。そんな業界に身を置きながら、言い訳のような心理学的説明で現実をやり過ごすのは嫌だった。

 そこで生まれた気持ちを今整理するなら、「専門的に正しいことではなく、相手の役に立つことをしたい」というものだった。

 人も家族も必ず変化する。誰もが歳をとるし、いずれ死ぬのも分かっている。せいぜい百年ほどしか生きない者に向けた働きかけが、そんなに複雑で難しいことであるはずがないと気付いた。結果良ければすべてよし。そこに専門職としての自信なんて不要だ。

士郎さん.com

家族心理臨床家で漫画家でもある団士郎さんに関する情報をまとめたオフィシャルページ。本ページは、本人の了承を得てアソブロック株式会社が運営しています。

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