【冒頭】(仕事場D・A・N通信vol.37)

 向田邦子のこの文庫を買ったのは、コラムの書き出しをずらっと眺めてみたかったからだ。

 「つい先だっての夜更けに伊勢海老一匹の到来物があった。」(父の詫び状)、「歩行者天国というのが苦手である。」(ごはん)、「子供の時分、親に言いつけられた用のひとつに、風呂の湯加減を見る仕事があった。」(白か黒か)。この後、文章がどう展開してゆくかはそれぞれだが、当然、いきなり表題を連想させるような言葉が出てきたりはしない。

 文章を書いていても、マンガ/木陰の物語の新作展開を考えていても、冒頭をどう始めるかはセンスが要るといつも思っている。

 今、継続的にかいているのは共に、自由に描いて/書いて掲載して貰っているものなので、編集者の厳しいチェックなどはない。それでも事実関係の間違いや、わかりにくさの修正提案は編集者がチェックしてくれるので有り難いが、何をかくかは基本的に自由だ。

 20年以上も前、京都新聞に「街を歩けば」と題したコラムを、イラストも合わせて毎週、連載していたことがある。この時は文字数(800字)もきっちりしていたし、テーマの選択も京都の新聞という枠がある気がしていた。初めての長期連載コラムに、張り切っていた記憶はあるが、内容を自分でどうこう言えるものではなかった。

 ある日、原稿を持って新聞社に行くと(仕事場の近くなので、書き上がるとイラストと共に、毎週持参していた)担当者から見せられたものがあった。

 それは社内ニュース新聞のようなもので、本紙掲載記事についての評価コメントが発表されているのだという。「外部の方がご覧になるものではないのですが、めったに褒めない委員が、『なかなか軽やかに、興味深い題材を毎週繰り広げている』と書いているので……」と読ませてくれた。

 自分の書いたものを、こんな風に褒められたことはそれまでなかった。とても嬉しくて、執筆意欲が一気に上がった。マンガも文章も、誰に習ったわけでも、修行したわけでもないまま、原稿料を貰う立場でかき続けて今に至る。そんな運と巡り合わせには感謝のほかない。

士郎さん.com

家族心理臨床家で漫画家でもある団士郎さんに関する情報をまとめたオフィシャルページ。本ページは、本人の了承を得てアソブロック株式会社が運営しています。

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