【き】飢餓海峡(私的埋蔵文化財)

 1964年(昭和39年)製作の水上勉原作、内田吐夢監督、三国連太郎主演の名作である。しかし私が映画館で観て、このパンフレットを手にしたのは1975年(昭和50年)のことだ。ご覧になっている方は少ないかもしれないので少しこの映画のことを書く。

 昭和22年9月、台風のさなかに北海道でおこった質屋強盗殺人事件。強風の中、犯人に放火された家は、町の大半を焼き尽くす大事件になる。この直後、嵐で青函連絡船の沈没事故が起きた(実際に起きた洞爺丸遭難事故がヒントになっている)。その事故現場に、乗船名簿にない二つの遺体が含まれていた・・・。それから10年、刑事たちの執念で、事件の全貌が解明されていくという小説である。まだ貧しい時代の日本社会に蠢いた、様々な人々の運命が描かれていて、ブルーリボン賞はじめ様々な賞を受けた。

 この作品は公開時、3時間2分の完全版では上映されなかったらしい。当時、邦画上映館は二本立てが常識だった。数々の賞を受けた「飢餓海峡」だが、公開は二時間半にカットされた作品だった。

 それが10年後にノーカット版で上映され、私はそれを観る機会に遭遇したというわけだ。だが内田監督は昭和45年(1970年)に亡くなっていて、完全版で劇場公開されるのを見ることはできなかった。

 高倉健、左幸子、伴順三郎など、多くの役者が登場するモノクロの激しい映画である。今となっては古臭いような物語の映画だともいえる。だが映画「砂の器」と相似形のように、この時代の日本社会を描き出していた。

 この泥臭いようなエネルギーに溢れた頃が、日本人が様々なものを必死で作り上げようとしてきた時代だった。その後、社会インフラの整備に伴い、もっぱら「消費者」として生きる時代に移行していった。それは日本社会の緩やかな衰退として、誰もの胸の内に拡がっていった感覚だと思う。

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